moto-toyoda.net TopPage>Professional Baseball Game Report>2007/03/30
豊田元広の野球観戦日記
'07観戦日記第1章「ズバッ!?と、開幕戦」
ちなみに試合は「9時またぎ」でした。

2007年3月30日 横浜スタジアム 横浜【先発:三浦】VS巨人【先発:内海】

2005年、横浜ベイスターズは「和製打線」の活躍や、中日・阪神以外の不振などもあって、勝率5割はこえなかったものの、3位すなわち2001年以来のAクラス入りを果たしました。
「Aクラス入り」をするということは、すなわち2年後の開幕戦を地元開催できる、ということでもあります。
つまり2007年の開幕戦は横浜スタジアムで行われるということになります。
これにいつもの南谷氏やその父親(通称「重鎮様」)が行く計画をもっているということで、その計画に賛同し、折角の機会なので横浜へ出向いて開幕戦を見よう、ということになりました。横浜育ちの私でしたが、意外にも横浜スタジアムの中に入ったことはありませんでした(側を通ったことは何度かあるのですが)
降り立ったは、みなとみらい線日本大通り駅。かつてはJR関内駅が専らハマスタの最寄駅とされていましたが、このみなとみらい線の開業によって都心へのルートがまた新たに開けましたと。
この日は午前中、日吉で旧友と再会していたので、そのまま東横線から直通する電車で、日本大通りまでスムーズアクセスです(笑)

それにしても日吉はここ数年で便利になりましたよね。
目黒線の開業で、1回乗換え(さらに今年中にも乗換えなし)で水道橋(東京ドーム)へ行くこともできるようになったし、みなとみらい線の開業で日本大通り(横浜スタジアム)へ行くことも出来るようになりました。さらに数年後には地下鉄副都心線と直通することで所沢方面(西武ドーム)へ行くことも出来るようになります。
3月には市営地下鉄グリーンラインも開業し、益々便利になる日吉から目が離せません(笑)


閑話休題、日本大通り駅のカベにはこんな風に選手のポスターが多数見受けられました。

新入団の「ハマのおじさん」こと工藤公康と、昨年のスター(!?)、佐伯貴弘


球場近くのホテル前で南谷氏一行と合流し、いよいよ球場入りです。
テレビ中継では何度もみてきた横浜スタジアムに、いよいよ足を踏み入れました。
すぐ向こうにランドマークタワーやクイーンズスクエアを望むことができます。



試合前の練習風景から。


左:新入団の仁志  右:背番号が変わった李承Yと、その仁志とのトレードで巨人入りした小田嶋など。


球場を入ったところで、ベイスターズのロゴが入ったポンチョを手渡されました。
防寒対策に加え、スタンドをベイスターズカラーで染めましょう、という企画なのでしょう。
最初は着ないでもいいかな…と思ったのですが予想以上に風が強く、寒かったので着る事に。
他のスタンド1塁側のベイスターズファンも殆どこのポンチョを着ていましたね。



そういえば球場を入ったところで、ロードオブメジャーの「PLAY THE GAME」が流れていました。
この曲、PVに三浦大輔が出演していました。
ということは、ひょっとしたら…というか、ひょっとしなくても、今日は三浦が出てくる、ということなのでしょうか。



さて、いよいよ開幕セレモニーがスタートです。


まずアメリカ海軍第7艦隊・SEVENTH Fleet Bandによるブラバン演奏からです。



そしてマウンド近くには、司会進行を担当するTBSの女子アナが立ちます。
なんでも「TBSの有名番組の司会者が開幕セレモニーの総合司会を担当します」とのこと。


・・・だれ?


すると、その有名番組のオープニング映像と思しき映像がバックスクリーンのモニターに流れ出し…


そしてその「司会者」がリリーフカーに乗って颯爽(?)とあらわれました。

え?まさか・・・

「こんばんはー!」と叫ぶ、あの特徴のある嗄れ声は・・・



モニターには


「朝ズバッ!」の一声・・・

私達が一同失笑したのは言うまでもなく。






そう。
あのみのもんたが、今回の開幕セレモニーの総合司会ということだそうです。

朝に「朝ズバッ!」をやり、昼に「おもいっきりテレビ」をやり、そして夕方からこれ・・・
あんたナンボ稼いでるんですか。


そうそう、やっぱり巨人の開幕戦ということもあって、長嶋茂雄さんも観戦に駆けつけてましたよ。


さて、いよいよ開幕スタメンや開幕ベンチメンバーを発表です。
その発表も、いつものウグイス嬢ではなくみのもんたが一つ一つ読み上げる豪華っぷり。



さらにスタメンはコールのたびにこーやって炎が上がり・・・

なんですか、この無駄に豪華なセットたちは。
ホントに。

(この後、始球式のボールを持ってくるロケット人間なんてのも出てきましたからね。無駄に豪華すぎます。)


そして最後に大矢明彦監督が登場です!



今回のスタメン発表は↑この写真で勘弁してください(笑)

注目すべきは、どちらの開幕スタメンにも「鈴木(すずき・たか)がいることでしょうか。
かたや鈴木尚広(巨人、読みは「たかひろ」)、かたや鈴木尚典(横浜、読みは「たかのり」)。
今年から横浜の方は「山本昌(←本名山本昌広)」よろしく登録名自体を「鈴木尚」としたそうですが。


ちなみに巨人は、谷・小笠原・李承Y・小坂と、4人がパ・リーグ出身です。
故障で出遅れた二岡の代わりに小坂がいるわけですが、それでも生え抜きが由伸・阿部・鈴木・内海の4人だけとは、なんだかなー。対する横浜は仁志以外全員生え抜きですよ。


そして始球式。
北京五輪日本代表監督・星野仙一さんがマウンドに立ち、
キャッチャーには盟友・田淵幸一バッテリーコーチ、さらにバッターには同じく山本浩二打撃コーチ。
さらに大野豊投手コーチも駆けつける豪華ぶり。



このあと、みのもんたから「2007年セントラルリーグ開幕宣言」なるものも出され、
いよいよ半年以上にわたる長いペナントレースの幕開けと成りました。


いやしかし、ホントに豪華な幕開けですよね…
同じ頃京セラドーム大阪では、始球式には女優の水川あさみさんが、ナゴヤドームでは陸上女子走り幅跳びの日本記録保持者・池田久美子さんがそれぞれ来ていたそうですが、比が違いすぎますよね…。




この直後、この豪華な幕開けにさらに花を添える出来事が待っているとは、このときは予想だにしませんでしたが。







さて栄えある開幕投手となったのは、かたやハマのエース・三浦大輔。対するは、故障で出遅れた上原の代わりに開幕投手の座を勝ち取った、今や高橋尚成に並ぶ左のエース格に成長した、内海哲也です。


しかし実は、三浦は過去何度も開幕投手を任されていますが、過去勝利経験が一度としてないそうです。
時には川上と一歩譲らぬ投げあいをしたけど、9回裏に打たれて負ける、なんて運の悪い時もありましたが。

打席には、原監督の大胆な起用で1番に座った高橋由伸です。

(↑バッターボックス周辺の土が殆どまっサラなのがわかりますよね?)


そして、森球審の右手があがり、いよいよプレイボールです。

フツー、試合開始直後に投手が投げる第1球って、たいてい見逃しますよね?
その第1球がボールかストライクかで結構その先見ることが出来る人もおおいかと。

なので少し試合経過を記録するノートに目を向けようと目をそらしていた次の瞬間。


かきーーーーーーーーん!!



えーーーーーーーーーっ!?!?!?!?

あっという間に、白球が真っ青に染まった横浜ファンの待つライトスタンドへ一直線。


「高橋選手、今シーズン第1号のホームランでございました!」




な、な、なー!!!


私の見る先頭打者ホームランは2004年に今岡が放ったのを見て以来。
しかも今回はただの先頭打者ホームランじゃないですよ、叩いたのは初球ですよ。

後で調べると、この「開幕戦で初球を先頭打者ホームラン」という記録は、過去には45年前の1962年、阪急ブレーブスの衆樹資宏(もろき・すけひろ ちなみに高橋由伸と同じ慶應義塾大学出身です)が記録したのみ。つまりセ・リーグでは史上初の快挙。さらに高橋由伸は「3年連続、開幕戦でのホームラン」という記録を打ち立てたこととなり、これは清原に並ぶ、現役選手1位タイ記録(引退選手も含むと、長嶋茂雄さんが5年連続でトップになるそうです)となりましたと。

つまり、

1試合目で、
1番打者に座った高橋由伸が、
三浦の放ったホントに1球目を、
1号ホームラン。
チームにとっても2007年シーズン1本目のホームラン。
おそらく2007年のセ・リーグを考えても、1番目の早さでホームランを放ったことでしょう。
これはセ・リーグ史上1人目の快挙であり、
自身の開幕戦ホームラン記録も1位タイに並ぶ。


考えただけでも「1」が8つ挙げる事ができます(実際、翌日のスポーツ新聞にはそれを書く記事もありました)。私が目をそらしていた間に、これだけ「1」を尽くした一発が生まれました。豪華な幕開けに花を添える一発といっていいでしょう。


<ひとりごと>

実はこの試合を見に行くことが決定した時期のある晩、変な夢をみました。
その内容はというと、横浜スタジアムで、私達が見ている前で、仁志敏久か清水隆行と思しきバッターが横浜のピッチャーからホームランを放っているというものでした。この時点で既に仁志は横浜にトレードされていたので、恐らく清水だったのでしょうが、どちらも1番打者の経験があるバッターだけに、ある意味このホームランを私は夢の中で予告していた事になります。
そしてその夢は、打者は違えど正夢になってしまったのです。


さらに、続く谷も初球を叩いてツーベース。

たった2球で、1点が入りさらにノーアウトツーベース。
ナニコレ。



そして3番打者・小笠原道大。
この時期の私達にとっては、日本ハムの主砲として、昨年のあの2試合(実際にボコボコ打たれた試合ものすごく怖い打球があった試合)で非常に苦しめられた印象がまだ残っていたため、あのハムのユニに身を包み、まさに「侍」というべきヒゲ面の印象が強かった分、この巨人のユニでヒゲもそり落としてプレーする、というのがちょっと印象に欠ける感じがしたんですよねぇ。

その小笠原は結局セカンドゴロ。
巨人に入った男が放った打球を、巨人を去った男が華麗にさばく光景が印象的でした(笑)
この後も仁志は、「打者ごとに微妙に守備位置を変える」とよく言われている通り、二塁手として絶妙なフィールディングを繰り広げてましたね。実際に3回にも、谷の打球を好捕する好プレーも(←奇しくも新旧巨人の背番号8同士)みられましたね。

さらに李承Y・ゴンザレスもアウトに討ち取って追加点は阻止します。
そういえば今回は両球団とも4番が背番号25同士の対決ですね。
李承Yは何故背番号変更があったんでしょうか?
それでなくても、恐ろしいほど背番号変更がありましたからね、この年の巨人は…
(→巨人の背番号変更については、4/19記事のラストにもまとめてます)


1回裏。
鈴木尚のタイムリーが出て同点に追いつきます。


以前は横浜を完全に敵に回し阪神ファン丸出しで応援をしていた私でしたが、この日ばかりは重鎮様も側にいた、ということもありましたがノリノリで横浜の応援を繰り広げ(笑)、このときも「お〜うおう うぉうお〜 よ〜こはまべーすた〜ず…」と熱唱です。
それ以前に横浜の応援歌を何故ここまで私は知ってるんですか。
新入団の仁志や2007年になって新しく応援歌が追加された吉村以外ほぼ全て歌えましたよ。
エースピッチャー応援歌は知りませんでしたが…(汗)
(↑単に横浜戦を見る機会が多かったからではないか?)


このあと、3回裏にも吉村のタイムリーが飛び出し2-1に。


が、続く4回表。


先頭の李承Yに思い切りソロホームランを打たれます。



さらに、続くゴンザレス。




かきーーーーーーーーん!!


ソロホームランで逆転されてしまいます。


続く5回表には、このゴンザレスにデッドボールをぶつけてしまうなどして二死満塁の大ピンチとなりますが、
今度はなんとか阿部を討ち取って切り抜けました。

しかし、対する内海も負けたものじゃなく、ランナーは時々出すものの、その後を抑えます。
5回には金城・村田・鈴木が三者連続三振など、なかなか点数を奪えそうにありません。
6回裏に、三浦の代打に種田が送られますが全く打てませんでした。



このあと横浜は木塚→那須野とリレー。
巨人も8回から内海に代えて林を投入してきました。

ところで、「那須野」って何処にアクセント置くんですか?
「な」にアクセントを置いて「すの」というのか、
それとも最近お馴染みの扁平アクセントで何処にもアクセントをおかず、「なすの」と読むのか。
・・・なんか大分昔の、「彼氏」のアクセントの置き方を題材にしたCMを思い出しますね(笑)


9回裏。


このときの守護神・豊田清がマウンドへ向かいます。
胸に手を当てるパフォーマンスはありませんでしたが…。


先頭の内川が三振になったところで、ネクストバッターズサークルにいたのが…

佐伯キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
(↑すいません、リアルに球場でこの言葉叫びました

代打テーマナシで、すぐに「お〜おお〜おおおお〜 おおおお〜お〜おお〜 お〜おお〜」のファンファーレから始まる佐伯のテーマ曲ですよ。思いっきりでかい声で、ノリノリで応援していました(南谷氏談)。


結果、男前に三振(苦笑)。


続く代打古木見逃し三振で儚く試合終了。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 R
巨人 1 0 0 2 0 0 0 0 0 3
横浜 1 0 1 0 0 0 0 0 0 2
【負】三浦→木塚→那須野
【勝】内海→林→【S】豊田

【ホームラン】
高橋由ソロ、李承Yソロ、ゴンザレス ソロ

恐ろしく寒い試合でした。
風が冷たかったですね。それに加えてライト側スタンドの冷えっぷりも。
ポンチョのダークブルーの色の如く、寒いオーラが1塁側スタンド全体に漂ってましたね。

2007年の巨人は、この「1番・高橋由伸」という大胆な策に始まり、この後調子を崩した豊田に代えて、抑えには故障で開幕に出遅れた上原を起用するという大胆な采配をしました。この2つがセ・リーグ優勝の大きな原動力の一つになったのは言うまでもないでしょう。

しかしクライマックスシリーズで中日に連敗して、日本シリーズに出場することは出来ませんでした。皮肉にも、巨人が中心になって提案したとも言われるクライマックスシリーズという存在のおかげで、巨人自身が大損をするという結果に至ってしまいました。
結果、2008年は「両リーグとも優勝チームには1勝のアドバンテージが与えられる」ことが決定しましたが、なんというか、未だにプロ野球界の特にフロント陣の中には、「巨人中心主義」の古い空気が蔓延しているような気がしてなりません。
そして補強も、「日本一奪回のため」という言葉をやたら繰り返しながら、横浜からクルーンを、ヤクルトからグライシンガーとラミレスをそれぞれ獲得し、ロッテを戦力外になった藤田を獲得するなど、またしても形振り構わぬやり方を突き通しました。確かに「右の先発」「抑え投手」「右の外野手」と、かつてのペタジーニ獲得のときのような過ちは犯さず、あくまで補強ポイントとして巨人が掲げた選手を獲得してはいるのですが、それでも既に昨年の時点で谷や小笠原、門倉などを獲得しているのに、この傍若無人振りには、他球団ファンは勿論のこと、巨人ファン内からも批判や不要論が出るほどで、ファンとフロントの思惑の乖離も垣間見ることができます。

2004年の球界再編騒動からもうすぐ4年が経とうとしています。
あの時、選手サイドは「10年後、20年後に、『あの時こうしておいてよかった』と言えるように今努力したい」という言葉を口にしました。しかしあの時の言葉を、フロント側が忘れてしまうようでは絶対あってはいけません。ファンや選手はあの時の言葉を絶対忘れることはないでしょう。


選手も、ファンも、野球を愛しているはずです。


果たして、フロントはどうでしょうか―。

「炎の、感動の、ドタバタ続きの東京遠征シリーズ前哨戦」は、
3/31ロッテ-ソフトバンクへ続きます→

〜おまけ〜

那須野がリリーフカーから降りて、マウンドに上がったところでの斉藤明夫コーチとのやり取り。
斉藤コーチも前回の大矢政権時代に投手コーチとして活躍していました。
みずしな孝之「ササキ様に願いを」シリーズでも、温厚そうな外見とは裏腹に鬼のような指導をする(小桧山と五十嵐にずっと投げ込みをさせるなど)キャラとして描かれていましたね。

それゆえ一部では、こうやって若手投手のところに斉藤コーチが出向いて色々言うのを、
愛のお説教タイムと言うとか言わないとか…。
試合の流れに水をさすような展開になってはいけません。本当に。(検索ワード:「三橋 水さし野郎」)
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