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Step by Step 豊田元広・著 | |
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第1話(1) 話を半年ほど前に戻そうか。大学入試まであと100日を切ろうかという時期だ。 とある中高一貫の男子校に通っていた俺だったが、この時期になると、周りで聞こえてくる話といえば、 「うげー、俺文学部D判定だよ〜……第一志望なのに〜」 「数学の偏差値23.4がなんだってんだー」 「マーク模試げきちーん!」 「てかこの過去問、小説マジあり得ねーよ! なんだよこのイカれた主人公!」 たいてい大学の話、偏差値の話、勉強の話ばかり……。仕方がないとはいえ、少し嫌になってきた。 さてそんなある日のこと、授業が終わって、帰りの支度をしていると、 「金山ぁー、帰りに駅前の本屋よってこー」 と、図らずも6年間も同じクラスという超腐れ縁・吉川(よしかわ)雅夫(まさお)が俺のもとに現れて話しかけてきた。 「参考書か? 過去問か?」 「違う違う。漫画だよ漫画。」 「また漫画か?」 「そりゃもう、今日は『月刊まんがステップ』の発売日だからなっ!」 俺もそれなりに漫画は好きだけど、そんなに頻繁に読むわけではない。でもコイツの漫画への傾倒っぷりはマジで半端ない。だいたい『月刊まんがステップ』なんて、聞いたこともないし、見たこともない。どこで売ってるんだ? どこかの大臣じゃあるまいし、何でそんなマニアックな漫画雑誌まで買ってるんだよ? 「いや、自分ひとりで買いにいけばいいじゃん……何も俺がついていく必要ねーだろ?」 「いいじゃないか別に。少しぐらい寄ってこうぜー?」 結局俺は、奴に無理やり本屋へ引っ張りこまれた。 「お前……ホントに漫画好きだよな……」 「お前も読めばわかるって。結構面白いの多いし……あ、そうだ! 明日、先月号持ってきてやるから、お前も読んでみたらいいじゃん!」 「はぁ!? 何で俺がそんなの読むんだよ!?いらねーよ、そんなの」 「いいじゃないか、一足早い誕生日プレゼントだよ」 「早すぎるんですけど」 俺の誕生日はまだ数週先のことだ。それにそんなのが誕生日プレゼントなんてどうかしてるよ。 だが次の日の放課後、昨日と同じくらいのタイミングで腐れ縁の声が聞こえたと思ったら、 「約束どおり持ってきたよー」 「は?」 「先月号の『まんがステップ』だってば。ほら」 「いや、いらねーって!」 「だから誕生日プレゼントだって」 「だからまだ早いって!」 「まぁまぁ、ちょっと重いけどがんばって持って帰ってくれよ。できたら感想もくれよ、じゃーな!」 「お、おい、ちょっと待てよ!」 ……押し付けるだけ押し付けて帰っていきやがった。 どうすりゃいいんだよ、これ……。 読まずに駅のゴミ箱にでも捨てようかとも思ったが、本人が「誕生日プレゼント」と言っていたのを思うと、たとえもらってもうれしくないようなシロモノでも、なんか捨てるのはもったいないし申し訳ない気がする。 まぁ、ちょっとくらいなら目を通してもいいか…… ペラペラッとめくっていった先に、いきなりカラーページで俺の目に飛び込んだ、『恋の予備校生』というタイトル。な、なんだよ、この恥ずかしいタイトル? それになんかイラストも……「萌え絵」っていうのかこれ? 少女マンガじゃあるまいし…… でも興味をひかれてしまう。「アニメ化記念巻頭カラー!純愛ラブコメの決定版!」とかいうアオリ文がさらに俺の興味をひいた。ま、まぁ……俺だって人の子だ。恋愛に興味がないといったら嘘だ。 ラブコメ、ねぇ……。 受験に失敗し、予備校通い中の平凡でちょっと鈍い主人公の男子が、本人が気づかないうちに多くの女子に囲まれて……というストーリーらしい。何だよそれ。あり得ないもいいところじゃないか。 隅っこに書いてあったあらすじを読んだときはそう思った。でも実際に本編を読んでみると、妙にひきつけられるものがある。続きが気になって、つい帰り際に立ち寄った本屋で最新号を立ち読みしてしまった。 何なんだ、なんだかどんどん、この世界に引き込まれている気がする……。 面白い。どんどん読めてしまいそうで続きが気になる。でも最初のほうのあらすじがないとわからないところもある……。たった2話だけではまったくわからない。 ……俺がこの単行本を買い揃えに行くまで、そう時間はかからなかった。 結局、手渡されたこの1冊の雑誌がきっかけで、俺の受験時の息抜きに、「漫画を読むこと」が加わることになった。俺自身、ここまですぐに影響されるような性格だとは思わなかったけどな……。 「お前さぁ、あれだけ言っといて、実は結構はまってねーか?」 「うっ……うるせーよ」 「しかも……え!?『恋予備』読んでんのかよ……いきなりディープなの行ったなぁ……。」 「い……いいだろ別に、俺が何読んだって!」 「いやー、お前みたいな奴でもそういう色恋沙汰に興味あるんだなー、って」 「大きなお世話だよ……ってか、そういうお前はどうなんだよ!?」 「まったく興味ありませんが、何か?」 「………………」 おかしな話だったが、こう見えて意外と吉川は恋愛には興味がないらしい。もはやこいつにとっては、漫画だけが愛人なんだろうか。そういいたくなるくらい漫画には入れ込んでる。いっそのこと、漫画についていろいろ研究する大学がどこかに最近できたらしいし、そういうところに入っちまえよ、と言いたくなるくらいだ。 「いやー、しかしお前がそういうのにはまり込むとは思ってなかったよ」 「まあな……でもなんかさー、こういうのを見ると、俺らみたいなやつでもなんか希望が持ててきそうじゃないか?」 「漫画と現実を混同しだした……とうとうコイツは勉強のしすぎで頭がどうかしちゃったのか!?」 「黙れ」 もちろん、この漫画の主人公のようなハーレム状態になるなんて思ってない。でも、大学に入ったら、今までの高校とは違う開放的な空間の中で、いろいろと変われるんじゃないだろうか。 そう、思っていた。 「へぇー……変わってくれる金山さんですかぁ……それはそれは楽しみですねぇ?」 ……なんて言ってる奴もすぐそばにいたけど。 2月末。明和の合格通知が届いた。 「待ってろよ……キャンパスライフぅ!」 自分で言うのもなんだが、俺はそんなにハイテンションになることは、ない。だけど、このときばかりは、受験勉強からの開放感に加え、高校までとは全然違うはずの、新しく魅惑いっぱいの空間に自分が入ることに対して、ものすごく期待をしていたんだ。 |
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