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Step by Step 豊田元広・著 | |
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第1話(3) 「はぁーあ……」 帰りの電車の中、大きくため息をついた。 昼休みにああやってテニスサークルの勧誘を受けたが、色々考えるところもあって、まだサークルを何処にしようか決めかねている。だから最近、授業が終わるとそそくさと家に帰ることが多かった。 このままでは、高校生の時の自分と何も変わってない……。どうやったら、変われるんだろう……。 何か些細なことがあると、すぐに色々と考え込んでしまう。俺の悪い癖だ。 わかっちゃいるんだ。わかっちゃいるんだけど……。 俺の家最寄り駅で電車を降りて、駅ビルにある本屋へ向かった。確か今日は『恋の予備校生』の新刊発売日。 ふと、受験向け参考書コーナーのところで、足が止まる。 「ちょっと前まで、俺はここの棚の本の世話になってたんだよなぁ……。」 大学受験なら、数多くの出版社から数多くの参考書が出ている。でも、さすがに大学生活の参考書なんてあるわけもない。時々そんなことを謳った本を見るかもしれないが、そんなの気休め程度にすぎない。 俺がその棚の前で、そんなことを色々考えていると、 「もしかして……浩孝?」 若い女性の声がした。 「あ、……なる……朝倉か。」 話しかけてきたのは、朝倉(あさくら)成美(なるみ)。俺の家の隣に住む、世間で言うところの幼なじみである。小学校までは一緒の学校だったため、親同士の交流も多く、時々一緒に遊んだり喋ったりしたこともあったんだけど、中学校が違うようになってからは、登下校の時間も違うため、隣同士なのに殆ど会わなくなっていた。 「久しぶり……だよね」 「ああ……隣に住んでるのにな」 まるでどこかのドラマかマンガのような、ベタな会話だな。 「もう……大学生になったんだよね? 明和だっけ?」 「え? あ……うん。そっちは……あ、いや……なんでもない。ゴメン。」 朝倉は、受験に失敗して浪人中だ。今日も、予備校からの帰りで、参考書を見に来たらしい。 「ううん、いいの。」 「……あ、あの、俺、買う本あるから……これで……」 「あ、ちょっ……!」 俺はそそくさとその場を離れ、奥にあるマンガの棚へ向かった。たぶんはたから見たら、きっと気まずそうな顔をしていたに違いない。朝倉が止めるような声がしたが、気のせいだろう。 「あ……あった、あった♪」 『恋予備』の新刊を取って、レジの列に並ぶ。 「浩孝ぁー?」 後ろから、ついさっき聞いた覚えのある声がする。振り向くと、新しい参考書を手にした朝倉がそこにいた。 「え? あ……は、はははっ……」 苦笑いするしかなかった。神様なんてものがいるとしたら、時々ひどいことをするよな……。 「あれ? それ、ひょっとして……『恋の予備校生』?」 朝倉に見られた。こんな痛いマンガを読んでるって知ったら…… 「それ面白いんだよね! 今、深夜に榎戸三郎がドラマやってるヤツでしょ?」 「え?」 「時々深夜に気分転換で見てるんだけど……原作のマンガ買おうか迷ってたとこなの! 意外だなー、浩孝がこんなの見るなんて」 俺からしたら、朝倉がこんなのを好きだということの方が意外なんだが。 でも、もっと意外だったのは、この本がきっかけで朝倉と意気投合して、 「どう、その恋予備? 原作のほうも面白いんだよね?」 「ん……まぁ、引き込まれる要素があるっていうのかな……」 「へぇ〜……ねぇ、今度借りてもいい?」 「え!? な、何言ってるんだよ!今受験生だろ?」 「そりゃ勉強とか大変なところはいっぱいあるけど、でも結構楽しいところもあるんだよ? この間なんて、クラスの親睦を深めるーとか言って、近くのボウリング場一緒に行ったくらいだし」 ってな感じで、結局この後、家まで一緒に喋りながら帰ったということだ。 一体こんなの何年ぶりだったんだろう。子供の頃は、よくゲームのこととか見ていたアニメのこととかで喋っていたけど、もう10年近く昔の話だ。俺は懐かしさをおぼえるとともに、妙な気持ちも感じていた。 4月も終わりに近づき、そろそろサークルの新歓も終わる頃だろうか。 サークルくらいは入っておいた方がいいと思っていたが、どうしようか……? そう感じていた俺の目に、掲示板に貼られていた1枚のビラが飛び込んできた。 明和軽音サークル 新入部員募集中! 未経験でも大歓迎、 誰でもバンドが組めます! この頃の俺は、「折角大学で入るなら、テニスか軽音かな……」という、漠然とした考えを持っていた。でもテニスはなんだかんだで結構体力要るだろうし、不向きかな……。そんな考えが心の中を支配していた頃だっただけに、このビラは俺を大きくひきつけた。 軽音サークルに行こう。 そうすれば、理想としていたような、「楽しい大学生活」に近づけるかもしれない。 そう決断するのに、時間はかからなかった。 しかしこの決断こそが、この先の俺を、時に大きく成長させ、時に心を大きく揺さぶり、時に大事な決断を迫らせる、そんな筋書きのないドラマの第一歩となるのであった。 ……なんて堅苦しいセリフ言ってみるけど、勿論、このときは、そんなこと、かけらも考えていなかったけどな。 |
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