自作の小説など。

Step by Step  豊田元広・著

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第2話(2)

 うちの大学では、主なサークルについては、「部室棟」と呼ばれる建物の中に部室がある。軽音サークルも例外じゃないらしい。
 でも、部室の前まで来ると、どうしても躊躇してしまう。この間、昼休みに中庭で新歓ライブをやってたのを見たんだけど、そこにいる人は、みんなうまい演奏するし、ルックスもいい人ばかりで、俺みたいなしょぼくれた人間がいるような場所じゃないような気がしたんだ。
 結局、「行こう」と決めてからも、昼休みとかに何度か部室の前を横切ってはいたんだけど、中に入る勇気がなくて、いつも後戻りしていた。

 そんなある日の放課後。
 今日も俺は軽音サークルの部室の前にいた。そして入り口のところに貼ってあったビラをいつものように眺めていた。
「きみ、新入生?」
 突然背後から話しかけられて、「ほ、ほぇ!?」という変な声を出してしまった。
 そこには、確かこの間の昼休みライブでも見覚えのある、割とかっこよさげな男の人が立っていた。
「あ……ごめんごめん、ビックリさせちゃったかな」
「あ……いえ、いいんです」
「なんか時々昼休みにこの廊下で見る顔だなーって思ってたんだけど、軽音に興味あるの?」
 見られていたのか。なるべく誰にも見られないように行動していたつもりなのに。
「あ……ええ、まぁ……。」
「そうなんだ。じゃぁ今からちょっと中おいでよ、簡単に説明してあげるから。その後でメシ食いに行こうよ。おごるからさ」
「え……、は……はぁ」
 というわけで、その先輩に連れられるがままに、遂に部室の中に入ることになった。中には何人かの先輩さんっぽい人がいた。
「あ、君いつもここの前通ってる人でしょー?」
「あー、ほんとだー」
 ……そんなに有名人だったのか俺は。
「新入生さんには、サークル入る人も入らない人もこれ書いてもらうことになってるから、これ書いてくれるかな?」
 手渡された紙には、名前や学部、メールアドレスなどを書く欄がある。どうやらこれを書いておくと、新歓イベントとかのお知らせをメールで回してくれるらしい。まだ本当に入ろうとは思ってなかったけど、書いておいて損はないはずだ。
「金山浩孝くんっていうんだー、よろしくねー」
「あれかなー、サークル選び迷ってた感じ?」
「は、はい……。」
「軽音に興味あるんだよね?」
「え、そうですね……あの、大学入ったらテニスか軽音かなー、なんて勝手に思ってて……。」
「軽音の経験はあるの?」
「いや、高校のときほんの少しだけアコギ触った程度で……」
「そっかー。でも大丈夫だよ、経験者もいるけど初心者もいっぱいいるから。今君を連れてきたこの寺本って先輩も、去年入ってきて、そのときからギター始めた感じだしさ」
「あ、そうなんですか……」
「そういえばさー、金山くん、この間の昼休みライブにも来てたよね?」
「え……は、はい。」
 やっぱり俺って、目立つ属性でもあるのかな。それこそ雑踏の中にまぎれていても、一瞬で見つけることができる程度の能力を持っているくらいに目立ってるのか?
「この寺本も出てたのは知ってた? 1年やったらあれくらいにはうまくなるんだよ」
「は、はぁ……」
「で、新入生の人は週末に集まってもらって、趣味の合う人たちとバンド組んで7月にライブ出演することになってるから、もしホントにうちに入ろうと思うなら、今度の日曜に北校舎の小ホールに来てね。ライブやった後でバンド組んでもらう感じだから」
 ……とまぁ、そんな感じでマシンガンのような質問と説明が飛んできた。
 一通り説明が終わったところで、周りを見てみたが、中にはどうやら今のところ新入生はいないようだ。先輩さんばかりで、なかなかなじめそうにない。なんだか居づらい……

 こん、こん。
「どうぞー!」
ガチャっ。
 そう思っていた次の瞬間に、遠慮気味にボックスのドアが開いた。
「こ……こんにちは」
「おー、ちーちゃんだー。いらっしゃーい!」
 その「ちーちゃん」とか言うらしい人は、少し茶色がかった黒い髪を、ストレートに肩くらいまで伸ばし、吸い込まれそうな大きな瞳をしていた。割とどころか、かなりスレンダーな感じで、まるで街を歩いていたらありとあらゆる男が振り向きそうな、まさに「かわいい女の子」とはこのような人のことをいう、そんな感じだった。
「てるり……稲葉さんまだ来てないですか?」
「あー、まだみたいだけど」
「あ……、じゃぁちょっとここで待っててもいいですか?」
「うん、いいよー」
 もちろん俺も一目見た瞬間に「かわいい……」と思ってしまったわけで、でも少し目のやり場に困る感じがした。男子校で6年過ごすと、女性に対する接し方を殆ど知らないまま過ごしてきてしまったわけで、「後悔先に立たず」とは言うものの、中学に入るときに男子校を選んでしまったことを激しく後悔するしかない。何を思って男子校なんて選んだんだろうな、俺……
「あ、あのー……」
「は、はひ!?」
 そんなことを考えていたら、またボーっと俺の心はどこかはるか彼方へトリップしてしまっていて、そのちーちゃんとやら言う人に何度か話しかけられていたのに気づかず、また変な声を立ててしまい、周囲の先輩さんをビックリさせてしまった。
「あの……1年生の方ですか?」
「あ、はい、そうです」
「わ……私、藤原(ふじわら)千里(ちさと)といいます。みんなからは「ちーちゃん」って呼ばれてます」
「あ、そうなんですか……僕は金山浩孝っていいます……」
「よ、よろしくお願いします……」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……」
「…………」
 なんだ、この沈黙の間は。なんだか藤原さんもあまり他人と話すのは苦手なほうなのかな?
 何度も言うが、かく言う俺も、他人と話すのは苦手だ。だからこの先、どうやって話せばいいのかがわからない……。「大学に入れば、あの『恋予備』の主人公まではいかなくても、きっとすばらしい大学生活が待ってるはずだ」なんて豪語していたあの頃の自分がバカらしい。
 そ、そうだ、せっかく軽音なんだし、それ系の質問を……
「あ、あの、藤原さ……」
「と、ところで……」
 見事なまでに二人の発言がかぶった。
「あ、いいですよ……」
「いえ、金山さんの方こそ……」
 な、なんてベタベタすぎる展開なんだ……。こんな展開なんて、ドラマや映画でしかないものとばかり思っていたのに。
「じゃあ、えっと……」
 こん、こん。
「どうぞー!」
 ガチャっ。
「ちぃ、遅くなってごめーん!」
「あ、てるりん! じゃぁ、すいません、私、今日はこれで……。」
「あ、お疲れ〜。今度の日曜日は来るんだよね?」
「はい、行きます」
「うん、オッケー。じゃーねー」
「じゃぁ、失礼します」
 なんてタイミング。そのまま藤原さんは「てるりん」こと稲葉さんとかいう人と一緒に部室を出て行ってしまった。
 さて、俺はどうしよう……相変わらず部室の片隅に置かれたパイプ椅子に腰掛けてはいるんだけど、何もしゃべれない。
「金山君?」
「は、はい!」
「もしかして、人と話すの苦手?」
「え、そうですね……そうです」
「やっぱりそうかー。でも俺も大学入った頃は似た感じだったよ」
 信じられん。この寺本さんが。
「でもここにいたら嫌でも人と話すことになるからね〜。バンド組むにしても、そのバンドで練習するにしてもね……あ、美鈴(みすず)さん、今日他にも新入生来るんだっけ?」
「えっと……確か秋田君と森岡君が来るみたいなこと言ってたけど?」
 あの背が高い女の先輩さんは「美鈴さん」っていう人なのか。覚えておこう。
「じゃぁさー、金山君今夜は暇? もし大丈夫なら、さっき言ってたとおり、この近くで、みんなでご飯食べに行こうと思うんだけど」
「え……」
 どうする? どうするんだ、俺?
 ……なんてどこかのテレビCMみたいなことを言ってみても、俺は別に選択肢を書かれたカードなんて持ってなんていない。
 ……でも、折角だし、一度こういうのも行ってみるか。
「あ、たぶん大丈夫です」
「オッケー。そしたら六時半にここ出るから」
 六時半って……まだ一時間以上あるじゃないか。
 ……あ、本棚に色々漫画がおいてある……これでしばらく時間つぶすか。

 このあと、大学近くのレストランに連れてってもらって、夕飯をおごってもらった。
さっき美鈴さんが言ってた、秋田とか森岡とか言う人とも一緒だ。他にも何人か来てる。やっぱり高校まで軽音をやってた〜、なんて人がほとんどで、俺みたいに大学で軽い気持ちで入ろうとしている人はなかなかいないっぽい。
 大丈夫なのか、俺?

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