自作の小説など。

Step by Step  豊田元広・著

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第3話(2)

「浩くん、ごめんねー、待った〜?」
「あ、いや、僕も今来たところだし」
「そっかー、じゃぁ行こう!」
 俺の右隣には、藤原さんがいる。二人で行く先は……そうだな、水族館にしよう。電車を三本乗り継いで、海のすぐそばにある、都内でも有名なこの水族館。
 水槽の中には綺麗な熱帯魚が泳いでいる……そしてそれを楽しそうに眺める藤原さん……あなたのほうが綺麗ですよなんつってな、はははっ
 あぁ……まるで夢みたいだな、憧れの藤原さんとデートできるなんて。
 笑顔の藤原さんを眺めてると、こっちまで笑顔になるよなぁ……
 うん、そう、笑顔の…………秋田??
「やぁ、金山浩孝君、ずいぶんと楽しそうではないか?」
「な……なんで……ここに??」
 藤原さんの顔を眺める俺の視線を、秋田の笑顔がさえぎった。
「金山君がデートするっていう噂を聞いたからねぇ、こっそり尾行してきたのだよ。今夜スタジオがあるってのに、随分と余裕だ事」
「え……あの……それは……」
「ちょっとスタジオまで来てもらおうか!!」
 天国から地獄へ真っ逆さま。そのまま秋田に連れられるがままに、スタジオに連行される。
「さて……金山君には何を弾いてもらおうかなぁ……『ベースラインが鬼』と言われるラ○クでも弾いてもらうか……にっひっひっひ……」
「ひえぇ」

 しばし後。
「どういうことだ! ぜんぜんベース弾けてないじゃないか! こんなんでお前は藤原さんとデートなんてやってたのか!!」
「いや……あの……その……」
「金山君、僕は金山君のことを信じてたんだけどな……まさかその期待を裏切るような人間だったとはね」
「て、寺本さんまで!?」
「こんなベーシスト……組む相手間違えたかしら?」
「い、稲葉さん!?」
「……やっぱり私、楽器のできない人……嫌いです」
 ふ、藤原さん……そんなこと言わないで……そんな辛らつな言葉投げかけないで……
「お前が藤原さんとデートなんて百年早いんだよ! 大体だな……」
「僕はなんて後輩をスカウトしてしまったのか……あぁ、僕はなんて愚かな……」
「バンド組んだあの日から、あなたのこと頼りないと思ってたんけど、……」
「…………」
 バンドメンバーの四人から集中砲火を浴びる。一人だけ無言だけど、少し潤んだ目が鋭く俺のほうを睨み付けている。なんでこんな理不尽に俺怒られてるんだ? いや練習できなかった俺が悪いから理不尽じゃないのか……でもなんか時々人格否定されてるような発言が聞こえる……
 もう……もう……
「もう勘弁してくださあああああああい!!」

 そう叫んで飛び起きたら、さっきまでスタジオにいたと思ったけど、今は普通に薄暗い俺の部屋の中。
 夢……だったのか……
 なんだろう、なんか嫌な夢だったけど、そのスタジオに入る前……そう、最初の方、なんかいい夢を見てた気がするんだけど……覚えてない……フロイト先生、思い出させてくれないだろうか……?

 あんな悪夢を見た後だと、今日ほど休もうと思う日はない。しかし、必修科目があるので、そんなわけにはいかない。
 なんとか朝食を食べ終え、家の玄関を出ると、門の前に見飽きた顔がいた。
 朝、幼馴染が門の前で待っていて、一緒に「学校へ行こう」……もとい、「駅まで一緒に行こう」と言うなんて、どこの学園ドラマだ。
「ねぇ、昨日のあの爆音、なんだったのよ?」
「あ、あれは……」
「どこで何が爆発したのかと思ったじゃないの、思わずひっくり返りそうになったわよ!」
「ごめんなさい……俺の……部屋です……」
「何したのよ!? またスリッパ履きながら階段下りてるときに、滑ってずっこけたの? それとも、机の引き出しに入ればタイムマシンがあると本気で思い込んで引き出しに乗っかって……」
 ちなみにどうでもいい話だが、机の引き出し云々の話は俺の実話である。
 小学校入学直前、親戚から贈られた学習机を見て、あの椅子を入れるところの上にある引き出しに乗っかって、引き出しを支える金具が吹っ飛び、俺自身も頭を打った。机が届いてわずか二日で壊したという伝説は今でも家族や親戚の間では語り草となっている。俺はただ踏み台にして、上に登ろうとしただけなのだが、タイムマシン云々という無駄な尾ひれがついた。
「いつの話してるんだよ!? 違うよ、昨日……ベース……買ったから……」
「え、ホントに買ったんだ!」
「うん、まあ……」
「えー、ライブ見に行こうかなー」
「は!? なんで見に来るの?」
「だってライブってそういうものでしょ〜」
 正論だ、言い返せない……
「それに恥ずかしがり屋さんの浩孝がライブするって、なんか面白そうだし♪」
「お、面白そうって……しかも恥ずかしがり屋って……」
「だって、そうじゃん? 小学校のときに作文コンクールで珍しく入賞して、それを大勢の前で発表するって時に、強烈に緊張して声が上ずって……」
「わー、わー!! もういいだろ、昔の話は……」
 もうやめてくれよ、そんな小学校のときのいやな思い出なんて……思い出したくもない、自分の中では封印したい思い出ばっかりなのに、なんでコイツはそんな昔の古傷をえぐるような真似をするんだよ……昔からそうなんだよなぁ、ことあるごとに俺をからかって……まったくどっちが男子でどっちが女子なんだか。
「ライブは……確か……七月……四日、十一時から……明和の小ホール……」
「えー、四日ぁー? 残念、その日普通に模試あるんだよねぇ……ま、いいや、大学受かったら、何度でも浩孝のライブ見に行ってやるから! じゃね!」
 そういうと、朝倉は足早に改札を入り、人ごみの中へと消えた。
 あ、俺も行かなきゃ! あの急行に乗らなきゃ遅刻する!

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