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Step by Step 豊田元広・著 | |
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第3話(3) 水曜日は、朝は一限目から始まるが、その分、午後は終わるのが早く、二時半には終わる時間割になっている。 「えー……では今日はここまでにします、次回は……」 「おさむー、メシ食いに行こうぜー」 「ミスバ寄ってくー?」 「お前四限東館?」 「ケイちゃーん、次の倫理学、代返お願いしていーい?」 さて……俺はどうしようかな……六時半まで四時間ある。昼飯も食べてしまったし、時間をつぶす手段も見当たらない。 【宛先】吉川雅夫 【件名】 【本文】ちょっと暇なんだけど、お前暇? 〜五分後〜 【差出人】吉川雅夫 【件名】Re: 【本文】今日は五限目まである 手詰まり。 早すぎと思われるかもしれないが、もう手詰まりなのだ。 大学に入学して二ヶ月近くたつが、そんなに友達がいない俺はどうしたらいいのだろう。高校時代からの友人もいることはいるが、吉川ほど俺と親しい人間というのもあまりいない。 本当に何をやってるんだろうな、俺。 大学に入ったら、たくさんの学友たちに囲まれて、キャンパスライフを満喫するってのが、世間一般の大学生さんに対する俺のイメージだったわけだが……あれ、ちょっと前にも似たようなことをぼやいてたっけ? いずれにしろ、時間をつぶさなくてはならない。しかも四時間も。一度家に帰ってもいいのだが、家まで片道一時間かかることを考えると、なんか面倒くさい。てか家に帰ってしまうと、もう今日は二度と大学に出てくることができない気がする。 ……津野国屋(つのくにや)でも行くか。 いつも俺が通学のときに電車を乗り換えるターミナル駅。そこの駅ビルにある津野国屋書店本店は、「本店」という名前に恥じず、都内でもかなりの規模を誇る巨大書店だ。俺がいつも行く、地元の駅にある書店なんて比ではない。小説、文芸書、ビジネス書から雑誌、漫画、果ては誰が読むんだって突っ込みたくなるような学術書や分厚い本まで揃ってやがる。 大学からも電車で十五分程度なので、暇つぶしには最適ってところだろう。普段見たことのないような漫画まで揃ってるから、表紙を見るだけでもかなり楽しい。あ、『WIZARD HALF』、遂にコミック出たんだ……お、『ししタカ!』最新刊出てたんだっけ、ラッキー、買っちゃおう。 ふと、ギターを担いだ女子高生が描かれている漫画が目に飛び込んだ。『SNOW』とかいうタイトルらしい。なになに……高校で軽音楽と出会った主人公・ユキは、ある男性からの評価をきっかけに、音楽の道に進むことを決意して……だと? 「あれ、金山じゃん?」 「!?」 振り向くと、そこには黒田の姿があった。そういえば黒田の大学って、この駅から地下鉄で二駅だったっけ…… 「久しぶりだなー」 「あ、ああ……」 「あれ、お前『SNOW』まで読むようになったのか? そうかそうか、お前の漫画オタクぶりはそこまで来たのか……」 と言って俺の肩を叩いた。 「いや、これはただ……」 「『ただ』何だい?」 「表紙の絵に惹かれただけだから……」 「いやー、でもいい話だよ、この本。バンドやる人間なら、たいてい一度は目を通してる作品だし」 「そう……なのか?」 「そりゃそうだよ! 結構技術的なところもしっかり描写してあるし、有名なアーティストも絶賛してるしな。そして何よりユキちゃんが可愛いんだ、これが。あ、でも、ユキちゃんの友達でベースやってるミカちゃんも捨てがたいしな……」 「ふーん……」 横に並べてある続刊に目が行く。もう十巻まで出てる、かなり息の長い作品なのか。 「そうだ、お前今日暇か?」 「一応、大学に六時半には戻らなきゃいけないんだけど……それまでなら」 「なんか用事か? あ、まさか……デート?」 「普通に、サークルの集まり!」 「お、何サークル入ったんだい?」 しまった……コイツにはあまり軽音の話されたくないなぁ…… 「なぁ、何サークルなんだよ?」 「…………軽音」 「え?」 「軽音サークルだよ!」 「ああ、軽音……って、ええーーーーーーーーっ!?」 ほらやっぱりこういう反応する……。そんなに意外なのかよ、俺が軽音を始めたってのは。 「そ、そうか……だったら、なおさら俺もアドバイスしてやりたいし、ちょっと近くのミスバでも行こうぜ、な!」 思わぬ暇つぶしになる……のか? 「……なるほどな、お前が軽音に入ろうと思った理由はよーくわかった。ただ前にも言ったはずだけど、俺はそこまでステージで楽しんでいるわけでもない。その裏には、ちゃんとした基礎練……毎日基礎を練習することは欠かすことできないし、バンドのヤツらと衝突することだって、スタジオの中だけじゃなくて外でも何度もある。まぁ、だからこそライブが上手くいったときの嬉しさというか、達成感は半端ないけどな……もしもーし?」 「そぅ…………なの…………か……」 どう形容したらよいのだろうか。漫画で、他人からの辛らつな言葉が、そのまま矢のようにキャラのあちらこちらにグサグサ刺さっていくという表現を見たことがある人は少なくないだろう。今まさに俺がその状態で、もはや満身創痍とでも言うべき状態だろうか。本当に軽い気持ちで入った軽音だが、やはりその裏には必要な努力があるということなのだろう。 「ま……まぁ、慣れるまでが大変だけど、ちゃんと練習すればそれなりにはなるだろうし、慣れれば大丈夫だって」 「あ、ああ……」 「曲はもう決まってるのか?」 「いや、今日決める」 「そうか……スコアはあるんだよな?」 「……スコアって?」 「楽譜のことだけど……まさかお前、スコアも知らなかったのか……? 確かお前、昔ピアノかじってたとか言ってなかったっけ?」 「もうそこまで覚えてない……」 「そうか……お前、本当に、文字通り『未知の世界』に足突っ込んじまったな……」 「ああ……」 もうさっきから自分がいかに軽音に対して無知であったかを認識して、その都度へこんでいる。今ここで、それなりに気心の知れているであろう黒田に教育してもらってるだけマシと考えるべきなんだろうか、それこそ、今朝の夢じゃないけど、まだ面識の少ない寺本さんや秋田に同じように叩かれるよりダメージは少ないんだろうか……。 「とりあえずだな、今日集まるときにだ、その楽譜……スコアって言うんだけど、それのベースのところを見て、なるべく楽譜に音符が細かく書かれていないやつを選ぶようにしろ、な?」 「……全音符とか二部音符が多いほうがいい、ってことか?」 「そうそう、それ! まぁバンドでそんな長いベースの音符ってレアだけどな……ただ、フォーステップスとかだったら普通に細かい音符があるのが結構当たり前だから、少しはお前も横着せずに練習するんだぞ?」 「……ああ」 程なく、黒田の「今夜飲み会がある」という理由で店を出た。てか、よくもまぁコーラとMサイズのポテト(二人で一つ)だけで一時間半も潰せたなぁ、俺たち。そばを通る店員さんの目が次第に冷たくなっていただけに、ちょうどいいタイミングだったのかもね……。 |
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