自作の小説など。

Step by Step  豊田元広・著

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第4話(4)

 そうこうしているうちに、次の水曜日がやってこようとしていた。

 この間、俺はベースの練習もしながら、一度だけ部室に顔を出した。いや、いつものように中庭で一人まったりと昼食(売店で買ったお弁当)を食べていたところを秋田に見つけられ、「たまには部室に来いよ!」みたいな勢いで部室まで連行された、という表現の方が正しいだろうか。
 そのとき中にいたのは、美鈴さんただ一人だった。携帯型音楽プレイヤーをヘッドホンで聴きながら、ベチベチとベースを弾く練習をしているところだった。そうか、美鈴さんもベースなんだ……。
「あぁ、秋田君……あれ、金山君もいるじゃない。久しぶり!」
 俺たちが入ってきたのに気づいた美鈴さんは、練習の手と曲の再生を止め、ヘッドホンを外してこちらに話しかけてきた。
 とりあえず、秋田に連行される時に食べかけだった弁当を机の上に置く。
「久しぶりだね、金山君。ベースの調子はどう?」
「いや、まだまだです……スタジオも一回入ったくらいなので……」
「そっかー。とし……寺本から色々聞いてるよ」
「え? そうなんですか?」
「うん。『まだまだぎこちないけど、楽しそうにベース弾いている感じがした』ってとかも言ってたよ」
「そ、そうなんですか……」
「そうだよー。寺本も結構色々気にしてるみたいだよー。ライブ頑張ってね、私もその楽しそうなベース演奏っていうの、同じベーシストとしてしっかり見ておくから! 期待してるよ!」
「は、はぁ……」
 そう言い残すと、美鈴さんはおもむろに席を立って、どっかへ行ってしまった。ベースとか音楽プレイヤーとかは残っているし、トイレだろうか?
 楽しそうにベースを弾いている、だと……?
 確かに、音が色々合わさって、一つの「曲」になるのを感じた。それは少し楽しいと確かに感じてはいたが、そんな顔には出していなかったはずなんだけど……
 それにしても、この「期待してるよ」という言葉。
 なんだか、今の俺には、結構プレッシャーに感じる。今までの俺は、そんな周りから期待されるような人間ではなかっただけに、この言葉をかけられるのはいつ以来になるんだろうか。
「すげーじゃん、お前! 美鈴さんに期待されてるぞ!」
「そんな、期待なんて……するものじゃないよ……」
「何言ってるんだよ、それだけ美鈴さんや寺本さんがお前のこと認めてるってことなんだぞ? あーあ、俺だってあの夫婦に認められたいのになー」
「ふ、夫婦?」
「あれ、お前気づいてなかったの? 寺本さんと美鈴さんってつきあってるんだぞ? それも結構仲良い感じでな」
「え!? へ、へぇー……」
 別にそれを知ったからどうってことはないけど、ショックがなかったと言えば嘘になるのかもしれない。
「別にウチのサークルなら、部内恋愛なんて普通のことだぞ? 水橋先輩だって、みー子先輩とつきあってるし、淳平先輩は……」
「ちょ、ちょっと待って! そんな色々言われても、俺は……まだその、そんな先輩の名前とかそんなに知らないんだよ!」
「そうかそうか、それは残念だなぁ……」
 なぜ残念、ってなるんだ、そこで。
「みー子先輩も、ものすごく綺麗で、スタイルも良くて笑顔が素敵なんだよなぁ……きっと水原泉とかが好きな金山君なら、一目で惚れると思うね……そうなって水橋先輩に嫉妬しても俺は知らないからな〜」
「…………」
 何を言ってるんだ、こいつは。
 それにしても……部内恋愛、だと?
 やっぱり、これだけの人数がいて、男子だけでなく女子の数も半端ない軽音サークルになると、サークル内の恋愛とかも日常茶飯事になるのだろうか。前に吉川から言われた、この言葉を思い出す。
「でも軽音でバンドやるって、きっと女の子にモテモテなんでしょうなぁ……」
 やっぱり、「軽音=モテる」という先入観のようなものは、いつの時代も共通認識なんだろうか。どちらかというと、俺は、高校のときの経験もあって、『軽音=チャラい』というイメージがどうしてもつきまとってしまうのだが。
「うーん……」
「……どうしたの、金山君? そんなうなっちゃって」
「へ!?」
 知らないうちに、美鈴さんが帰ってきていた。
「あ、いえ、その、ちょっと……考え事をしていて……」
「あ、そうなんだー」
 嘘はついていない、よな。
 背も高い、いつも元気溢れるイメージのある、この先輩、赤松(あかまつ)美鈴(みすず)。そりゃ、男が振り向かない、と言ったほうが嘘になるだろうな……なんだかんだ、初めて部室に入って、この美鈴さんを見たとき、俺も思ったもん。こんな人が家の姉さんだったら、楽しいだろうな……って。それだけうちの姉との差が激しい、ってことなんだがな。

「浩ぉ、あんたまた夜中までベース弾いてたでしょ! いくらアンプに繋いでないったって、あのべっちんべっちん言う音、すごく隣のアタシの部屋まで響くんだからね!」
 これがうちの姉・有佳里(ゆかり)だ。今はもう大学を卒業して、都内のとある会社に就職している。
 この姉もまた、大学時代は、確か俺ほど毎日授業に出てたというイメージもなく、テニスサークルに所属して、まさに女子大生のステレオタイプ、というイメージだったろうか。なんかチャラチャラした男と付き合っていて、大学にも行かずに、その男と街で遊んでいたとかいう噂も聞くが、とうの昔に別れているはずだ。
 水曜日はこうやって、家の出る時間がほぼ同じ俺と姉が同じ食卓に並ばざるを得ない。もともと歳も五歳ほど離れているので、そこまでこの姉の存在が厄介だと感じたことも少ないが、その分きょうだいとしての関わりあいも薄い。
 俺はそんな姉の言うことを、いつものように右から左へ受け流し、食事も適当に片付けて、さっさと出かける準備をした。
 先週は、俺が家を出ようとすると、俺の家の隣に住む幼馴染が目の前を颯爽と通り過ぎて、さっさと駅のほうへ向かってしまったわけだが、今日はどうなんだろうか……
 玄関のドアを開け、すぐ目の前にある門の扉を開けて道に出る。何週間か前には、この門の目の前にあいつはいた。だが今日はいないようだ。そうか、今日も早く出て行ってしまったのかな……
「おっす、おはよ」
「ぎゃあっ!?」
 少し落胆して、駅のほうへ歩を進めようとしたとき、不意に後ろからポンと叩かれて、びっくりして思わず大きな声を上げてしまった。その叫び声は、この住宅密集地に響き渡ってしまったのではなかろうか。泥棒か痴漢が出たと誤解されて、どっかの住民が警察を呼ぶような事態になってしまってもおかしくない。
「バカ、なんつぅ声出してんのよ!」
「あ、悪い……」
 振り返れば奴がいる。別に昔のドラマだか映画だかとは何の関係もない。
「まったく、相変わらず驚いたときにとんでもない叫び声をあげる癖変わってないわね……昔みんなで文化祭行ったときのお化け屋敷を……」
「だーかーらー、もうそういう昔の話をほじくり返すのやめてくれよ……」
「い――――や! 浩孝が大人になってもずっと言い続けてやるから!」
 ちなみに、どうでもいい話だが、お化け屋敷の話とは、小学校六年の時、俺と朝倉の家族みんなで、近所の高校の文化祭に行ったときのエピソードである。
 当時、大の怖がりだった俺は、俺の姉と朝倉に無理矢理連れられてお化け屋敷に入ることになった。しばらく進んで、釘やらナイフやらいろいろ刺さったマスクをかぶった、お化け役の某高校生がいきなり目の前に現れた時に、そのあまりの形相に、その人が声をあげる前に、俺がそのお化け屋敷の室内中に響き渡らんばかりに絶叫し、逆にお化け役を驚かせてしまったというものである。
 それにしても、こいつはどうしてそんな過去のエピソードを鮮明に覚えているのかなぁ……俺からしたら、忘れたいし、他の人にも忘れてほしいブラックヒストリーだというのに。
「それにしても、今日もベース担いでるのね」
「まあ……毎週水曜が練習だから……」
「ふーん……そうなんだ」
「…………」
 何が言いたいんだろうな、こいつは。
 沈黙のまま、駅への道を二人で進む。なんか今日の俺たち、心なしか歩調が速い気がする。前にこの道を二人で歩いていたときは、もうちょっと歩みは遅かったと思うんだけど、今日はなんか朝倉も俺もサクサクと進んでいる……のかもしれない。
 ほら、もう、駅が目の前なんだから。
「練習、がんばってね」
 それが今日、この二人が交わした最後の言葉。この言葉を残して、あの女は改札の中へと足早に入っていった。俺はいつも乗る急行の時間までまだ余裕があるので、ゆっくり改札に入り、人ごみに流れるように、無心にホームへと降りる。それなのに、何かが心に引っかかっている気がした。
 ……あいつに、何か聞くべきことがあったのではないか?
 ……あいつは、何か意味深な発言をしていなかったか?
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